コーヒーノキ

コーヒーノキ

コーヒーノキは、アラビアコーヒーノキやロブスタコーヒーノキ、リベリアコーヒーノキなどの、アカネ科、コーヒーノキ属に属する植物の総称である。その種子をコーヒー豆と呼び、これを得る目的で商品作物として栽培されている。コーヒー豆を焙煎・粉砕した後に湯や水で抽出したものがコーヒーであり、世界中で嗜好飲料として飲用されている。

常緑樹|常緑で光沢を帯びた葉と白い花をつけ、鮮やかな赤(品種によっては黄色)の実をつけるため、観葉植物として鉢植えで栽培されることも多い。

特徴

コーヒーノキの原産地はエチオピアのアビシニア高原。熱帯地方でよく生育し、木は放置しておけば、最大で9メートルの高さまで成長するが、収穫のしやすさなど栽培上の都合により約3〜3.5メートルの高さで栽培されている。厳しい剪定に耐えることができるが、冬霜がつくと成長することができない。雨季と乾季があるところが理想で、有機質に富む肥沃土、火山性土壌が最も適するため、火山帯・高地で最も成長する。

コーヒーノキは3〜5年後から約50〜60年のあいだ実をつける。白い花は色と匂いがジャスミンに似ている。果実はコーヒーチェリーと呼ばれ、通常赤または紫の核果であるが品種によっては黄色の実をつけるものもある。果肉にも若干のカフェインが含まれており食用に供される場合がある。果実が成熟するまでには約9か月かかる。

果実の中には2粒の種子が向かい合わせに入っており、一般にコーヒー豆と呼ばれるものは実そのものではなく種子の部分である(果実・種子の画像)。枝の先端に付く実には1粒だけ丸い種子を含むものがありピーベリーと呼ばれる。

作物としてのコーヒーノキ

コーヒーは熱帯から亜熱帯にかけて約70カ国で生産されており、そのコーヒー農園でコーヒーノキの栽培と果実の収穫が行われる。さらに引き続いて、生豆(なままめ、きまめ、生のコーヒー豆のこと)を取り出すコーヒー豆の精製と呼ばれる加工作業までが、コーヒー農園で行われることが多い。精製された生豆は生産国で集積され、選別・等級付けされてから消費国に輸出される。その後、焙煎・粉砕・抽出を経て、飲料としてのコーヒーになる。

栽培

生産地の国々にあるコーヒー農園ではコーヒーノキの栽培と果実の収穫が行われる。主な生産地はブラジルやコロンビアなどの中南米や、ベトナム、インドネシアなどの東南アジア、エチオピアやイエメン、ケニアなどのアフリカ諸国など。一部はハワイ、中国などでも生産されている。コーヒー栽培が可能な国のほとんどは北回帰線と南回帰線の間に集中しており、この地域のことをコーヒーベルトと呼ぶ。日本でも小笠原諸島や沖縄諸島|沖縄に移入されたことがあるが大規模生産には成功していない。ただし九州や沖縄で個人規模農園で栽培している人もいる。全世界では、150億のコーヒーノキが1000万ヘクタールの土地で生育していると概算されている。

生産地の農園では露地栽培が行われる。アラビカ種の場合には、シェードツリーと呼ばれる植物を同時に植えて、その木陰で栽培されることが多い。通常、播種から3年ほどでコーヒー豆の収穫が可能となる。

収穫

コーヒーの果実は開花してから熟するまでに約9ヶ月を要する。熟した果実は10日間程度の短期間で収穫され、その後農園でコーヒー豆を取り出すために精製される。

収穫には二通りの方法が用いられている。

手摘みによる収穫
熟した果実を労働者が手作業で摘み取り収穫する。ブラジルとエチオピアを除く、アラビカ種の生産地で主流である。
落果による収穫
熟した果実を、棒切れなどでこそぎ取るように叩いて落とし収穫する。ブラジルやエチオピアおよび、ロブスタ種の生産地で主流である。

観葉植物としてのコーヒーノキ

コーヒーノキは常緑で、また赤い実を長期間にわたって結実させることから、その外観の美しさのために観葉植物として室内で栽培されることがある。商用栽培の場合と同様に3〜5年で開花および結実が可能となる。観葉植物を扱っている店では比較的広く販売されているため入手も容易であり、観葉植物としては栽培も易しい部類だと言われている。アラビカ種が観葉植物として流通している。

栽培の方法

通常、鉢植えにして栽培する。夏場は日光によって葉が褐色に日焼けする場合があるため、直射日光を遮って育てる。冬場は、日本の屋外気温では越冬できないため室内で育てる。また、冬場に大量の水を与えすぎると根腐れの原因になるので、表面の土が乾いてから少量を与える。根が張りやすく根詰まりを起こしやすいため、毎年5〜7月に、大きめの鉢に植え替えるか、余分な根を切り除いてから植え替えることが望ましい。

上手に育てれば、栽培開始から3〜5年程度で開花結実するようになる。開花時期は種によっても異なるが、開花している期間は1日程度と極めて短い。その後、結実してから実が熟するまでには半年から9ヶ月ほどの時間を要するため、長期間に亘って赤い果実の観賞を楽しむことができる。収穫した実から種子を取り出して焙煎し、コーヒーとして飲用することも可能である。ただしコーヒー豆の乾燥や焙煎にはある程度の熟練を要する。

株分けを行うには播種と挿し木の二つの方法がある。

播種
収穫した種子を直接地面に播くか、あるいは水を含ませたティッシュの上などで出芽させた後に地面に移植する。その際、種皮(パーチメント)に小さく切れ目を入れた方が出芽率がよくなると言われる。市販されているコーヒー豆の場合、生豆でもパーチメントが除かれて乾燥処理をされているため出芽率はよくないが、収穫年度の新しい緑色の濃いものであれば出芽させることも可能である。古く褐色がかった生豆や焙煎豆では出芽しない。
挿し木
栽培しているコーヒーノキの先端の細い枝を4〜5節程度で切り取り挿し木を行う。播種に比べて成功率が高い。

栽培時の注意点

夏の直射日光、冬の低温、根腐れ、根詰まりに注意する必要がある。またそのほかカイガラムシなどの虫害が発生することもある。

栽培史

コーヒーは、エチオピアのアビシニア高原が原産である。イエメンに持ち込まれたのは、1470年頃と考えられている。17世紀頃までは自生していたものを摘んでいただけで、農業手法とは無縁だったようだ。

17世紀に入り、ヨーロッパ各国にコーヒーが普及し始めると、イギリス・フランス・オランダの東インド会社がこぞって、イエメンからの輸入取引を始める。コーヒーの積み出しが行われたイエメンの小さな港の「モカ」が最初のコーヒーブランドにもなった。

1658年、オランダがセイロンへコーヒーの苗木を持ち込み、少量の栽培に成功。

さらに1700年には、ジャワで大量生産に成功する。オランダ東インド会社は、セイロン・ジャワで生産したコーヒーを一旦、イエメンに持ち込む。ここで当時の大ブランドのモカの価格を調査して、それより安い値段でヨーロッパに持ち込む。この低価格戦略が功をそうし、オランダはコーヒー取引を独占するに至る。ただし、セイロンのコーヒーはその後サビ病が蔓延して全滅。その後は茶葉の生産拠点となり現在にいたる。またイギリス東インド会社は、コーヒーから中国茶の取引に重点を移した。

南米には、1723年、フランスの海兵隊士官のド・クリュー (De Clieu) がフランス領西インド諸島に苗木を持ち込み、少量の栽培に成功。これが、南米にコーヒー栽培が広まるきっかけとなった。

ブラジルでは1725年頃からコーヒー栽培が始まり、18世紀末にはプランテーションによる本格的な商業生産が行われた。独立後のブラジルはコーヒー生産で発展したといってよい。1850年代にはコーヒーの世界生産に占めるブラジル産の割合は50%を越えていた。2004年現在もブラジルは世界最大のコーヒー生産量を維持している。

1825年には南米からハワイへ持ち込まれ、東アフリカには1900年頃、イギリス・ドイツの手で持ち込まれ栽培が始まった。日本では、昭和初期から太平洋戦争後に台湾、沖縄諸島|沖縄、小笠原諸島|小笠原で栽培の可能性が試された。しかし、いずれも大量生産には成功していない。

その他

コーヒー生産国の養蜂家が、コーヒーノキだけから集めた蜂蜜を作って販売している。黒褐色で独特の風味を持っておりコーヒーとの相性がよく、コーヒーの持ち味を殺さないと言って珍重されている。生産量は多くはないものの、日本国内でも蜂蜜を専門に扱う店で入手が可能である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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